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武藤 清・著『やまぐちのビタミン』-維新雑感-その1

2009年08月09日 (日) 15:22
8月 2日記載ブログの続き…

八月である。お盆や終戦の日など慰霊と鎮魂の季節が巡ってきたが、
山口県にとっては、かって当地の人々が主導した明治維新の節目と
なるような出来事が起きた月でもある。

維新の生みの親ともいえる吉田松陰は1830年の八月四日に生まれた。
また関門海峡で四カ国連合艦隊の攻撃を受け長州藩が敗北したのは、
1864年の8月であった。
この敗北が長州藩の姿勢を攘夷から討幕に変えるきっかけとなり、その
2年後の8月には第二次長州征伐の戦い(四境戦争)における最大の激戦
であった小倉戦争で、高杉晋作率いる長州軍が勝利し徳川幕府の倒壊を
決定的にしたのであった。

幕末に吉田松陰という巨星が現れ松下村塾を通じて多くの英傑を生み
出したことは、日本史上の奇跡としか言いようがない。この辺の歴史に
ついては幾多の研究があるが、それでも私が強く関心を持つのは吉田
松陰と門下生達の精神的原動力は何だったのかということである。

これも言われていることだが、私にはやはり陽明学ないしその発想が核心
部分にあったのではないかという気がする。
松陰は単純な陽明学徒ではなかったようだが、平戸遊学で「伝習録」を借
り出したことなどからみて、陽明学が影響を与えたことは間違いなかろう。

陽明学は王陽明が一六世紀に唱え、朱子学とともに新儒教の二流をなす。
その思想を私なりに要約すると二つの柱からなる。ひとつは、「人間の心の
中には生まれながらにして完全な叡智(良知という)が備わっている」という
考えであり「心即理説」と呼ばれる。

朱子学では人間の本性は善とするが完全ではなく、偉人の言行や学問を
勉強するとにより、理想的な人間像としての「聖人」に近づくと説く。
これにたいし陽明学は、「聖人はもともと人間の天性の中に宿っているので
学問をしてなるものではない」として、朱子学を批判したのである。

陽明学では、聖人としての先天的な叡智を人間の欲望や固定観念などの
後天的な不純物が覆い隠しているので、欲望を捨て自己の中の聖人を
自ずと発現させるよう精進努力することこそが重要と説く。
この欲望の中には、お金や地位や名誉に加え、死を恐れる心なども含まれる。

次回に続く


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