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高島北海展/下関市立美術館へ

2011年02月18日 (金) 12:47
狩野芳崖の展覧会以来の市立美術館です。
「ふく爺」70歳以上につき観覧料無料。教養を高める術を享受すべく
利用回数を増さねば‼
    
     ≪高島北海展の概要は2月4日ブログ参照≫
美術館2

















 ≪下関市立美術館/正面・・下関市長府黒門東町1-1≫
美術館1

















  ≪長門峡・真景図、長門峡金郷渓口望籠峰≫
山口県の名勝開発・・郷里萩を流れる阿武川上流の渓谷を探勝。
地質学的にも貴重な景観に動かされ開発に乗り出す。
北海が命名、名称「ちょうもんきょう・長門峡」とした。

開発資金捻出のため、北海は一幅百円の百画会を企画。
この画会は当初の計画をこえて百六十幅を数え、得た資金を長門峡に
通じる探勝道路建設に寄贈する。
又、桜樹1000本寄贈も。
長門峡

















    ≪石柱渓閑山漠側面他・青海島島見門図≫
石柱渓、青海島(おおみしま・・長門市)ともに、北海が見出した景勝地です
石柱渓

















☆余談・・お金にまつわる年譜
元治2年/1865年  16歳 萩明倫館に入学、この年から3年間乃木希助と
             同窓
明治5年/1872年  23歳 工部省鉱山寮十四等出仕技術心得・三年間
              生野銀山で技師長フランス人コワニエに地質学を学ぶ。

明治11年       29歳 「山口県地質分布図」「山口県地質図説」地理局
              雇となり、月給一〇円測量課に配属。

明治14年       32歳 農商務傭から御用掛となる月俸二五円。官有林
              調査の為長崎、福岡、大分、熊本、鹿児島巡回

明治18年       36歳 フランス.ナンシ-森林高等学校へ満3年間留学
              を命じられる。手当として1年につき銀貨一千円支給。

明治21年       39歳 ナンシ-森林高等学校卒業。林学士の免状を受ける
              帰国後、農商務技師試補に、年俸九〇〇円 山林局勤務 

明治22年       40歳 欧州派遣手当月八〇円、パリ万博視察

明治25年       43歳 正七位に叙される。特別の勤労につき四〇円下賜
                 多年の植物帯調査励精につき金一〇〇円賞与される

明治30年       48歳 長府に隠棲する
明治32年       51歳 山口県豊浦中学校(現豊浦高等学校)図画科教授を
                  嘱託される手当年三〇〇円 翌年辞職

明治35年       53歳 上京、本格的に画業に。
明治41年~大正6年〓文部省美術審査委員会委員就任
 以下略

当時との貨幣価値が解らないが、俸給から推測しても大人物、偉大な人であった
と驚きです。
  



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ふくの水揚げ量日本一を誇る下関南風泊。その南風泊市場開設以前、昭和十年よりの永い歴史を育んできた「フグ仲卸平越」は、市場のフグ一尾、一尾厳選し全国の高級料亭やふくの専門店へ提供してきました。特に東京築地卸売市場では、天然トラフグ、また上質の養殖トラフグの磨き(除毒処理後の業界用語)でトップブランドの名門と評価されております。「ふく料理は、材料の善し悪しが勝負。最高の材料を最高の技で料理して、はじめてお客様に満足していただける」ごく当たり前のこと。ごく普通のことを守り通してきた「平越」ふく楽舎.­.­.­

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