ふくふくな日々【下関ふぐ・フグ・河豚】blog page

《ふく料理食べ歩き漫歩、45年》…ふく爺想い出の記~その2

2009年05月02日 (土) 13:38

「ふく」フグと言えば、「てっちり」「てっさ」のふぐ食文化が根付いている大阪。
ご存知ですか
下関と大阪の「ふく料理」の大きな違い?

★先ず下関・・刺身がメインデシュ。<ちりは刺身の残り物‥最近ではちり鍋に
                                                    上身使用アリ>

下関伝統の〆め工程…下関の板前はミガキ処理後半日以上を経て、3枚にオロシ
刺身のさくどりをします。
その身を乾いたサラシ布にしっかりと巻き、冷蔵庫に24時間以上置きます。
その間にサラシ布を2~3回取り換える「〆め」が行われ、余分な水分が取れると
共に身が均質に熟成してきます。

菊盛り、牡丹もり、孔雀盛り等大皿に盛り付けた立体感のある見た目にも美しさ、
繊細さのなかに深い味わい、職人技の粋、下関ふく刺しはこの前処理工程が編み
出されたことにより達成されたものです。

★次は大阪・・てっちり(ちり鍋)がメインデッシュ。
                   <刺身はオ-ドブル‥〆め工程ナシ>

大阪のフグ職人は3枚オロシの中骨に身を沢山つける「大名オロシ」に調理。
てっちりを食べる時に中骨にタップリ付いた身がトラフグ独特のヒッパリ食感と
旨みを堪能する為。

(下関の職人が、3枚オロシ中骨に身を多く残すと給料が減される~刺身の
出来上がる皿数が少なくなるから)

ちなみに
※東京の「ふく料理」は下関方式です。
伊藤博文公が関わったとされる、明治23年「ふく食禁止令解除」以降、東京
で「ふく」が食べられるようになったのは、下関から東京の料理店に材料を送り、
ふく職人がシ-ズン中に出稼ぎ(酒の杜氏と同様に)に馳せ参じていた。

出稼ぎのふく職人さんが東京に根付き独立、「ふく料理」の銘店となった店も
数多い。

明治、大正、昭和初期には、長州出身の政、官、財界人が「ふく」を好んで
食べていたと言う歴史的要素が東京の「ふく料理」です。

しかし、近年
東京では6年前位から、大阪資本の「てっちり」チェ-ン店が進出、店舗数も増加。
人気を博しています。

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